静かに終えられた2014年3月11日。
今生きてるってすごいことだなあ。
ありがたいなあ。
♪生きているから悲しいんだ
そうか。死んでたら悲しむ事もできないのかあ。
そんな当たり前のことを、この歌を歌って実感したことがあります。
別にそこまで前向きでもないこの1行。
でも、なぜか勇気をもらえた。
そうか。ぼくらはみんな生きているんだっ!
って。
それは、震災後の5月、初めて被災地を訪れた時。
車で向かったのですが、気仙沼のあの一帯に入った瞬間。
あるべきものがそこにない違和感と、ある種の不気味感に背筋が凍りました。
テレビでは何度も見た信じられない光景は目に焼き付いてるけど、
それとはまた違う、遠い現実感。目の前に広がっているのに遠い。
今思うと、その遠さは、心がそれを受け入れられてない感じだったんでしょうね。
「ここは・・・・人が生きてた場所だよね。家がたくさんあったんだよね。
・・・・っ。焼けたんだね、全部・・・」
そう。
あるべきものが突然消されたという違和感から、恐怖感とどうしようもない悲しみが沸き上がりました。
その時に私が突然歌いだしたのが、この
「手のひらを太陽に」。
♪ぼーくらはみんな生ーきている
生きているから歌うんだ
ぼーくらはみんな生ーきている
生きているからかなしいんだ
って。大声で歌いだしました。
涙が止まらなかったけど、無心で歌ってたら、何かに鼓舞されました。
同乗してた子たちもみんな歌いだしました。
笑いすら出て来ました。
自分が何をしにこの地に来たのかが分からなくなる程打ちのめされていたのに気づき、そして何をしに来たのか思い出せました。
音楽ってすごいなあ。
そして、歌うってすごいなあ。
自分自身のこの身体から、何かエネルギーを出す作業だから。
大きな声を出して、力が沸いて来ました。
(しかし、なんでこの歌だったのか、自分でもびっくり。突然口をついて出て来たんですよね)
気仙沼、女川、石巻と、避難所で演奏をさせていただいたけれど、
歌うことのエネルギーの強さを改めて体感した日々となりました。
震災で体感した恐怖、不安、恐れ、避難所の閉塞感、苛立ち、怒り、悲しみ。
色んな感情を持ち、心を閉ざしている人たちもたくさんいらっしゃいましたが、自分の知っている童謡唱歌が演奏されると、ふっと顔を上げて、小さく口を動かして歌いだすおじいちゃんやおばあちゃんがいました。
段々感情が戻ってくるのでしょうか、歌いながら泣いていました。
溜めていた何かが、歌と一緒に身体の外に出て来ている感じがしました。
「そうか。歌うって作業は、悲しみを身体の外に出して行ったり、『ああ、自分は今悲しいんだな』って表面化させたりして、滞っていたエネルギーを流し始めてくれるんだ」
目の前のおじいちゃんを観て、そう感じました。
女川では、ちょうど母の日だったから、会場中のおかあさんにカーネーションをプレゼントしました。
あんなにたくさんのお母さんにカーネーションをあげたの生まれて初めて。
お母さんはどこにいっても温かくて度量が大きい。
「あなたも頑張って!」
ってたくさん励ましてもらいました。
励ましに行ったんだけどなあ。
たくさんの笑顔がありました。
母が笑っていれば、「大丈夫だ」という安心感や安らぎが生まれるのは何故なんでしょうねえ。大丈夫な根拠は全くないんですけどねえ。
すごいなあ。母は強し!
そしてあれは石巻だったかなあ。
会場に来て下さった人たちが最後にみんな立ち上がって手をつないで
「ゆうやけこやけ」を大きな声で一緒に歌ってくれたときは、
私涙が止まらず、途中歌うの離脱しちゃったなあ(思いっきり失格ですね)。
「生きるぞ!私達は負けないぞ!」
っていう彼らの心意気や、その裏にある大きな悲しみがぐわーって歌声となって会場をいっぱいにしてました。
握りしめた手と手が固く結ばれているのを思い出して、今も涙が出ちゃいます。
とても力強く、人の生命力の強さに感心させられたり、励まされたり。
そう。逆に勇気づけられて被災地を後にしたもんなあ。
みなさんが息災であることを心から願っています。
震災が起こった日、ちょうど、劇団KAKUTAの朗読劇「グラデーションの夜」の稽古が始まってる時期でした。
あの舞台は、上演するべきかやめるべきか、関係者がみんな悩んで。
他にもそんな舞台やライブやイベントがたくさんあった時期でしたよね。
いろんなものがストップしてしまっていたあの頃、人の心もストップして、感じるのをやめて、喜ぶのをやめて、楽しむのをやめて・・・何かを遠慮しながら生きていたと思います。
遠慮していたものとは、自分自身から喜びのエネルギーが表出することだったのかもしれないですね。
それって一番悲しいことですよね。
でも、日本列島が悲しみに揺れて、喜ぶことにかなりストップがかかった時期。
あの舞台があって、本当によかった。
あの人たちと一緒に物作りができて本当によかったと心から思いますし、上演できて本当によかったと思います。
力のある人は 力仕事をすればいい
知恵のある人は みんなが幸せになる案を出せばいい
そばにいてあげられるのなら 悲しんでいる人のそばにいればいい
人を笑わせられる人は 笑わせればいい
芸術は不況や色々な場面で、真っ先に切られてしまうものでしょうが、
こういうときこそ、芸術が必要だなと感じます。
心に力をくれる何かが、その芸術だから。
何もなくなっちゃったら、心に力を持てないと、前にすすめないですよね。
プル(3歳4ヶ月)とムッチョ(4月で2歳)も元気で本当によかった。
この子たちは同じ母猫から生まれた姉妹ですが、プルが生まれた後、本当は生まれるはずだった兄弟たちがいました。
茨城に近い千葉県で生まれた子たちなので、放射線のホットスポットの多かった場所でした。
子どもや犬猫など、小さな命ほど、影響を受けやすいですよね。
震災後割とすぐに出産するはずだったのですが、死産でした。
奇形の子もいたとか。
その後に生まれたムッチョはどこも悪くないし、元気いっぱいです。
生命は力強いですね。
明日も歌おう。
明後日も歌おう。